「防火管理者?ちゃんと選任していますよ」
多くの企業がそう答えるでしょう。
実際、総務省消防庁の「令和6年版消防白書」によれば、防火管理者の選任が義務付けられている全国107万3,739件の防火対象物のうち、84.0%にあたる90万1,725件で防火管理者が選任され、消防機関に届出されています。
一見、高い選任率に見えます。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
「選任されている」ことと、「実効性のある防火管理が行われている」ことは、全く別の問題なのです。
資格を持っているだけの人を形式的に選任している、異動や退職で実質的に不在になっている、業務多忙で防火管理に時間を割けない
このような「名ばかり防火管理者」の存在は、企業に深刻なリスクをもたらします。
本記事では、形だけの防火管理者選任が招く3つのリスクと、実効性のある防火管理体制を構築するためのポイントを解説します。
データで見る防火管理の実態

前述の通り、防火管理者の選任率は84.0%です。しかし、同じ消防白書のデータを詳しく見ると、別の事実が浮かび上がります。
防火管理者が消防計画を作成し、消防機関へ届出している防火対象物は85万3,990件で、全体の79.5%にとどまっています。
つまり、防火管理者が選任されていても、その防火管理者が作成すべき消防計画が届け出られていないケースが存在するということです。
さらに、消防計画が届出されていても、その内容が実態に合っていなかったり、計画に基づいた訓練が実施されていなかったりするケースも少なくありません。
【防火管理者選任の現状(令和6年消防白書より)】
- 選任義務対象:107万3,739件
- 防火管理者選任済み:90万1,725件(84.0%)
- 消防計画届出済み:85万3,990件(79.5%)
この数字が示しているのは、「選任はしたが機能していない」防火管理体制の存在です。
形だけの選任が招く3つのリスク
では、「名ばかり防火管理者」の状態を放置すると、企業にどのようなリスクがあるのでしょうか。
大きく3つのリスクに分けて解説します。

リスク1:法的リスク——罰則と是正命令
防火管理者の選任は、消防法第8条により義務付けられています。
そして、この義務を怠った場合、明確な罰則が設けられています。
【消防法違反の罰則】
- 防火管理者の選任・解任届出を怠った場合:30万円以下の罰金または拘留(消防法第44条第8号)
- 消防署からの選任命令に違反した場合:6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金
「うちは一応選任しているから大丈夫」と思っていても、消防署の立入検査で「実質的に機能していない」と判断されれば、是正命令の対象となります。
消防署の立入検査では、以下の点が確認されます。
- 防火管理者は実在し、実際に業務を行っているか
- 消防計画は現状に即した内容か
- 消火・通報・避難訓練は計画通り実施されているか
- 消防設備の点検は適切に行われているか
- 防火管理者は施設の実情を把握しているか
形式的に選任しているだけで、これらの実態が伴っていなければ、消防法令違反と判断される可能性があります。
特に、防火対象物定期点検報告制度の対象となる建物では、防火対象物点検資格者による点検で「防火管理者が機能していない」と判定されれば、「防火基準点検済証」の表示ができず、利用者や取引先からの信用を失うことにもつながります。
リスク2:火災時の被害拡大リスク
法的リスク以上に深刻なのが、実際に火災が発生した際の被害拡大リスクです。
防火管理者の最も重要な役割は、火災発生時の被害を最小限に抑えることです。そのために、平時から以下の業務を行う必要があります。
【防火管理者の主な業務】
- 消防計画の作成・見直し
- 消火・通報・避難訓練の実施
- 消防設備の点検・整備
- 火気の使用・管理に関する監督
- 避難経路の確保・管理
- 従業員への防火教育
これらの業務が「名ばかり」の状態で放置されていると、火災発生時に以下のような事態が起こります。
初期消火の失敗
消火器や消火栓の場所が従業員に周知されていない、使い方の訓練がされていない、消火器の点検が行われておらず使用不能…
このような状態では、発見から数分間の「ゴールデンタイム」を逃し、火災が拡大します。
避難誘導の混乱
避難経路が確保されていない、避難誘導の担当者が不明確、従業員が避難経路を知らない…
火災時のパニック状態では、日頃の訓練がなければ適切な避難誘導はできません。
通報の遅れ
119番通報の手順が不明確、誰が通報するのか決まっていない、建物の正確な住所や構造を伝えられない…
通報が遅れれば、消防隊の到着も遅れ、被害は拡大します。
近年の火災事例を見ても、防火管理が適切に機能していない施設では、初期消火の失敗や避難誘導の遅れが被害拡大の要因となっています。

42年間の消防勤務で数多くの火災現場を見てきましたが、被害が拡大した火災に共通しているのは「防火管理の形骸化」です。
書類上は防火管理者が選任され、消防計画も作成されている。
しかし、実際には誰も内容を把握しておらず、訓練も形だけ。
火災発生時、従業員は何をすればいいのか分からず、右往左往するだけでした。「名ばかり」の防火管理者は、いないのと同じなのです。
リスク3:企業の信用リスク
3つ目のリスクは、企業の社会的信用に関わるものです。
取引先・顧客からの信用失墜
消防法令違反が発覚すれば、それは企業のコンプライアンス意識の欠如を示すことになります。
特に、BtoB取引では、取引先の監査で防火管理体制が確認されることがあります。
「防火管理者が名ばかりで機能していない」という事実が明らかになれば、取引継続に影響を及ぼす可能性があります。
火災発生時の企業責任
万が一火災が発生し、従業員や利用者に被害が出た場合、企業は刑事・民事の両面で責任を問われます。
この際、「防火管理者を選任していたか」「消防計画に基づいた訓練を実施していたか」「消防設備の点検を適切に行っていたか」といった点が厳しく問われます。
形式的に選任していただけで、実態が伴っていなければ、企業の安全配慮義務違反と判断され、損害賠償請求や刑事責任追及のリスクが高まります。
採用・人材確保への悪影響
近年、就職活動を行う学生や求職者は、企業の安全管理体制を重視する傾向にあります。
消防法令違反や火災事故の報道があれば、「従業員の安全を軽視する企業」というイメージが定着し、優秀な人材の確保が困難になる可能性があります。
「名ばかり防火管理者」の典型例
では、具体的にどのような状態が「名ばかり防火管理者」なのでしょうか。よくあるケースを見てみましょう。
ケース1:資格だけ持っている人を形式的に選任
「とりあえず資格を持っている人がいるから、その人を防火管理者にしておこう」
このような形式的な選任が行われているケースがあります。しかし、防火管理者に求められるのは資格だけではありません。
消防法では、防火管理者は「防火対象物において防火管理上必要な業務を適切に遂行できる管理的又は監督的な地位にある者」と定められています。
資格を持っていても、実際の施設の状況を把握していない、業務を遂行する権限がない、他の業務が多忙で防火管理に時間を割けない
このような状態では、実効性のある防火管理はできません。
資格を得て、終わりでいいものではありません。
ケース2:異動・退職で実質的に不在
防火管理者に選任された従業員が異動や退職で不在になったにもかかわらず、新たな防火管理者の選任と届出を行っていないケースがあります。
消防法では、防火管理者が不在となった場合、「遅滞なく」新たな防火管理者を選任し、消防機関に届け出ることが義務付けられています。
しかし、人事異動の多い企業では、この手続きが漏れてしまうことがあります。結果として、書類上は防火管理者がいることになっているが、実際には不在という状態が続くのです。
ケース3:業務多忙で防火管理に時間を割けない
防火管理者に選任されている従業員が、本来の業務が多忙で、防火管理業務に時間を割けないケースもあります。
消防計画の見直しは後回し、訓練の実施は年1回形だけ、消防設備の点検結果を確認していない…
このような状態では、防火管理者として の役割を果たしているとは言えません。
ケース4:消防計画が古いまま放置
防火管理者は選任されているが、消防計画が何年も前に作成されたまま放置されているケースがあります。
建物の用途変更、レイアウト変更、消防設備の増設・撤去、従業員数の変動…
これらの変化に応じて、消防計画は見直す必要があります。
しかし、「一度作成したら終わり」と考え、実態と合わない古い計画がそのままになっている施設は少なくありません。
実際の火災時に、古い消防計画は役に立ちません。避難経路が変わっている、消火器の位置が違う、担当者が不在…
このような状態では、混乱を招くだけです。
実効性のある防火管理体制を構築するために
では、「名ばかり防火管理者」から脱却し、実効性のある防火管理体制を構築するには、どうすればよいのでしょうか。
1. 適任者を防火管理者に選任する
防火管理者には、以下の条件を満たす人を選任しましょう。
【防火管理者の適任者条件】
- 防火管理講習を修了している(甲種または乙種)
- 施設の実情を把握している
- 管理的・監督的な地位にある
- 防火管理業務に時間を割ける
- 従業員への指示・教育ができる
- 長期間その施設に勤務する予定がある
「とりあえず資格を持っている人」ではなく、実際に防火管理業務を遂行できる人を選ぶことが重要です。
2. 防火管理者の役割を明確にする
防火管理者本人が、自分の役割と責任を正しく理解していることが必要です。
社内規程や職務分掌で防火管理者の業務内容を明確にし、他の業務とのバランスを考慮して時間を確保しましょう。
また、経営層が防火管理の重要性を理解し、防火管理者をサポートする体制を整えることも大切です。
3. 消防計画を「生きた計画」にする
消防計画は、作成して終わりではありません。以下のタイミングで定期的に見直しましょう。
【消防計画の見直しタイミング】
- 建物の用途・構造に変更があったとき
- レイアウト変更や模様替えを行ったとき
- 消防設備の増設・撤去があったとき
- 収容人員に大きな変動があったとき
- 訓練を実施して改善点が見つかったとき
- 最低でも年1回は内容を確認する
また、消防計画の内容を従業員全員が理解していることが重要です。計画書を作成して消防署に届け出るだけでなく、従業員への周知・教育を徹底しましょう。
4. 実践的な訓練を定期的に実施する
消防法では、防火管理者は消火・通報・避難訓練を定期的に実施することが義務付けられています。
しかし、形だけの訓練では意味がありません。実際の火災を想定し、従業員が自分の役割を理解し、行動できるような実践的な訓練を行いましょう。
【実践的な訓練のポイント】
- シナリオを変えて複数回実施する
- 予告なし訓練を取り入れる
- 夜間・休日など様々な状況を想定する
- 訓練後に振り返りを行い、改善点を洗い出す
- 新入社員や配置転換者には個別に訓練を行う
訓練は「やったことにする」のではなく、実際に体を動かし、声を出して行うことが重要です。
5. 外部の専門家を活用する
防火管理者一人で全てを担うのは困難な場合もあります。必要に応じて、外部の専門家を活用しましょう。
消防設備の点検は専門業者に委託する、消防計画の作成や見直しは行政書士に相談する、訓練の実施指導は消防経験者に依頼する。
このように、適切に外部リソースを活用することで、実効性の高い防火管理体制を構築できます。
まとめ:「選任している」から「機能している」へ
防火管理者の選任率84.0%
この数字を見て、「多くの企業が適切に対応している」と安心してはいけません。
重要なのは、「選任しているか」ではなく、「機能しているか」です。
形だけの防火管理者選任は、以下の3つのリスクをもたらします。
- 法的リスク:消防法違反による罰則、是正命令、信用失墜
- 火災時の被害拡大リスク:初期消火の失敗、避難誘導の混乱、人的被害の発生
- 企業の信用リスク:取引先からの信用失墜、採用・人材確保への悪影響
これらのリスクを避けるためには、適任者を防火管理者に選任し、実効性のある消防計画を作成し、定期的な訓練を実施する。
当たり前のことを、確実に実行することが必要です。
【今日から始められること】
- 現在の防火管理者が実際に業務を遂行できているか確認する
- 消防計画が現状に合っているか見直す
- 直近の消火・通報・避難訓練の実施記録を確認する
- 従業員が防火管理体制を理解しているか聞いてみる
「うちは防火管理者を選任しているから大丈夫」ではなく、「防火管理が機能しているか」を定期的に確認することが、企業と従業員を守る第一歩です。
実効性のある防火管理体制の構築をお考えの企業様へ
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- 実践的な消火・通報・避難訓練の企画・実施指導
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