「消防設備の点検は毎年きちんとやっていますよ」
「点検報告書も消防署に提出しています」
多くの企業がそう答えるでしょう。
そして、点検報告書には消火器、自動火災報知設備、スプリンクラー
すべての項目に「◯(不備なし)」の印がついています。
しかし、その「◯」を、本当に信じていいのでしょうか?
実は、消防設備の点検には大きな問題が潜んでいます。
点検報告書に「◯」がついていても、実際には適切な点検が行われていなかったり、火災時に消防設備が機能しなかったりするケースがあるのです。
本記事では、消防設備点検の実態と、点検報告書の「◯」が意味しないことについて、元消防局長の視点から解説します。
点検報告率の衝撃的な実態
まず、消防設備の点検がどれだけ実施されているのか、統計データを見てみましょう。
都道府県消防設備協会の調査によれば、消防用設備等点検報告率は全国平均で48.9%(2020年)、55.2%(2023年)と、約5割程度にとどまっています。
つまり、消防法で点検・報告が義務付けられているにもかかわらず、半数近くの建物では点検報告すらされていないのが実情です。
【消防設備点検の法的義務】
- 点検頻度:機器点検(6ヶ月ごと)、総合点検(1年ごと)
- 報告頻度:特定防火対象物は年1回、非特定防火対象物は3年に1回
根拠法令:消防法第17条の3の3
点検・報告を怠った場合、消防法第44条により30万円以下の罰金または拘留が科されます。
しかし、それでも約半数の建物では報告されていません。
ここに、消防設備点検制度の大きな課題があります。
点検報告書の”◯”が意味しないこと
では、点検報告がされている残り半数の建物は安心できるのでしょうか。
残念ながら、そうとは限りません。
点検報告書に「◯(不備なし)」と記載されていても、それが必ずしも「実際に適切な点検が行われ、設備が正常に機能する」ことを意味しないのです。
①実際には点検していない可能性
点検業者が実際には点検作業を行わず、書類上だけ「◯」をつけて報告書を作成しているケースがあります。
建物全体を点検すべきところを一部のフロアだけ確認して、他のフロアは「同様」として処理してしまう。
消火器の本数だけ数えて、実際に圧力計を確認したり、外観の損傷をチェックしたりしない。
このような形式的な点検が行われることがあります。
特に、複数の建物を短時間で回る必要がある業者や、低価格で受注した業者では、十分な点検時間を確保できず、形だけの点検になってしまうことがあります。
②無資格者が点検している可能性
消防法では、一定規模以上の建物(延べ面積1,000㎡以上の特定防火対象物等)については、消防設備士または消防設備点検資格者による点検が義務付けられています。
しかし、実際には無資格者が点検を行い、有資格者の名義だけ借りて報告書に署名しているケースがあります。
消防庁が令和2年10月に発出した通知でも、「無資格者が点検をしていた」事例が明記され、注意喚起がなされています。
無資格者による点検では、専門的な知識や技術が不足しているため、設備の不具合を見落としたり、誤った判断をしたりする可能性が高くなります。
③不具合があっても「◯」をつけている可能性
最も深刻なのが、実際には不具合があるにもかかわらず、点検報告書に「不備なし(◯)」と記載されているケースです。
消防庁の通知では、「自動火災報知設備の感知器が故障していることが確認されたが、点検結果報告書では、改善していないのにもかかわらず『不備なし』として報告していた」事例が紹介されています。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
- 不具合を指摘すると改修工事が必要になり、建物所有者から嫌がられる
- 改修工事の見積もりや手配が面倒で、指摘したくない
- 低価格で受注しているため、詳細な点検や報告に時間をかけられない
- 建物所有者が「不備なし」での報告を求めてくる
このような背景から、本来指摘すべき不具合を見逃したり、故意に記載しなかったりすることがあるのです。
消防庁が指摘する「不適切な点検」の4つの事例
消防庁は令和2年10月、「不適切な消防用設備等点検における注意喚起リーフレット」を発出し、防火対象物の関係者に注意を呼びかけています。
このリーフレットでは、以下の4つの不適切な点検事例が明示されています。
事例1:無資格者が点検をしていた
消防設備士または消防設備点検資格者による点検を依頼していたにもかかわらず、無資格者が自動火災報知設備の点検を実施していた。
【確認ポイント】
点検作業が始まる前に、点検に従事する各作業員(資機材の搬送等の補助的な作業のみを行う者を除く)が免状を保有しているか確認しましょう。
事例2:全階を点検していなかった
地上5階のビルにおいて、1階・3階・5階の店舗の消防用設備等は点検されていたが、2階・4階の店舗は点検されていなかった。
【確認ポイント】
点検の対象は「建物に設置されている全ての消防用設備等」です。
各階全ての点検を依頼していたにもかかわらず、点検業者が一部のみの点検で作業終了としていないか、点検作業の実施状況を確認しましょう。
事例3:事実と異なる報告をしていた
自動火災報知設備の感知器が故障していることが確認されたが、点検結果報告書では、改善していないのにもかかわらず「不備なし」として報告していた。
【確認ポイント】
点検の結果を、事実通りに記載しなければなりません。報告書に記載されている内容が「実際の点検結果」と相違無いかどうか、点検作業の実施状況を確認するとともに、報告書の届出前にしっかりと確認しましょう。
事例4:点検期間のルールを守っていなかった
機器点検を1年に1回、総合点検を3年に1回しか実施していなかった。
【確認ポイント】 機器点検は6ヶ月ごとに、総合点検は1年ごとに実施してください。
また、建物関係者は、法令により点検を行った結果を「維持台帳」に記録することとなっていますので、点検を実施したら、その結果を維持台帳に記録しましょう。

42年間の消防勤務で数多くの立入検査を実施してきましたが、点検報告書に「不備なし」と記載されていても、実際に確認すると誘導灯がきれていたり、感知器が故障していたりすることが少なくありませんでした。
特に問題なのは、建物所有者自身が点検の質を確認していないことです。
「業者に任せているから大丈夫」ではなく、実際に点検が適切に行われているか、自らの目で確認する姿勢が必要です。
なぜ不適切な点検が起きるのか
では、なぜこのような不適切な点検が起きてしまうのでしょうか。
主な要因を見てみましょう。
1. 過度な価格競争
消防設備点検は、複数の業者に見積もりを依頼し、最も安い業者に発注するケースが多くあります。
しかし、適正な点検を行うには、それなりの時間と人件費がかかります。
過度に安い見積もりで受注した業者は、十分な点検時間を確保できず、形だけの点検になってしまいます。
2. 建物所有者の無関心
「消防設備の点検は法律で決まっているから仕方なくやっている」という意識の建物所有者も少なくありません。
点検報告書の内容を確認せず、業者から提出された書類をそのまま消防署に提出する。
実際に点検作業が行われているか確認しない。
このような無関心が、不適切な点検を助長します。
3. 点検業者の専門性不足
消防設備の点検には、高度な専門知識と技術が必要です。
しかし、十分な教育・訓練を受けていない作業員や、経験の浅い作業員が点検を行っているケースがあります。
また、有資格者が現場に同行せず、無資格者だけで点検作業を行い、後から有資格者が報告書に署名するという体制の業者もあります。
4. 不具合指摘を嫌がる風潮
不具合を指摘すると、改修工事の手配や費用負担が発生します。
建物所有者の中には、「不具合を指摘しない業者」を好む人もいます。
点検業者としても、顧客関係を維持するために、本来指摘すべき不具合を見逃してしまうことがあります。
火災時に消防設備が機能しないリスク
不適切な点検の最大の問題は、火災発生時に消防設備が機能しないリスクです。
消火器が使えない
点検で圧力低下を見落とされた消火器は、いざという時に薬剤が放射されません。
初期消火のゴールデンタイムを逃し、火災が拡大します。
自動火災報知設備が作動しない
感知器の故障を見逃されていた場合、火災が発生しても警報が鳴りません。
発見が遅れ、避難開始も遅れます。
スプリンクラーが作動しない
配管の止水弁が閉じられたまま、ヘッドが取り外されたまま、配管に漏水があるまま…
これらの不具合が点検で見逃されていた場合、火災時にスプリンクラーは機能しません。
消防庁や東京消防庁の火災事例報告書を見ると、「消防設備が適切に機能していれば、被害はもっと小さかったはず」と思われる火災が少なくありません。
点検報告書の「◯」を信じていたために、いざという時に消防設備が機能せず、大きな被害につながる。これが最も避けなければならないリスクなのです。
実効性のある点検を受けるために
では、どうすれば実効性のある点検を受けることができるのでしょうか。以下のポイントを参考にしてください。


1. 価格だけで業者を選ばない
最も安い見積もりを出した業者が、最も良い業者とは限りません。
適正な点検を行うには、それなりのコストがかかります。
極端に安い見積もりの業者は、十分な点検時間を確保していない可能性があります。
業者を選ぶ際は、以下の点を確認しましょう。
【点検業者選定のチェックポイント】
- 消防設備士または消防設備点検資格者が在籍しているか
- 実際に点検に従事する作業員は有資格者か
- 過去の実績や評判はどうか
- 点検にかける時間は適切か(極端に短くないか)
- 点検の内容や手順について説明できるか
- 不具合があった場合の対応方針は明確か
2. 点検作業を実際に確認する
点検業者任せにせず、建物所有者や防火管理者が実際に点検作業を確認することが重要です。
- 点検に従事する作業員の免状を確認する
- 全てのフロア、全ての設備が点検されているか確認する
- 点検作業の内容を質問し、専門的な説明ができるか確認する
- 点検時間が極端に短くないか確認する
3. 点検報告書の内容を精査する
点検業者から提出された報告書を、そのまま消防署に提出するのではなく、内容を精査しましょう。
- 不備事項が適切に記載されているか
- 前回の点検と比べて変化はないか(常に「不備なし」ばかりではないか)
- 点検票の記載内容は具体的か
- 点検実施者の署名・捺印はあるか
不備事項があった場合は、改修計画書を添付し、速やかに改善することが重要です。
不備を隠すのではなく、適切に報告し改善する。
これが本来の点検報告制度の趣旨です。
4. 定期的に業者を見直す
長年同じ業者に依頼していると、点検が形骸化することがあります。
定期的に業者を見直し、複数の業者から見積もりを取り、点検の質を比較することも有効です。
ただし、その際も価格だけでなく、点検の質を重視して選定しましょう。
5. 消防署の立入検査を活用する
消防署の立入検査は、第三者の目で消防設備の状況を確認してもらえる貴重な機会です。
立入検査で指摘された事項は、速やかに改善しましょう。また、立入検査の際に、日頃の点検について相談することもできます。
6. 専門家の第三者チェックを受ける
消防設備の点検を、点検業者任せにするのではなく、別の専門家による第三者チェックを受けることも有効です。
消防経験者や防火・防災の専門家に、点検報告書の内容を確認してもらったり、実際の設備の状況を見てもらったりすることで、点検の質を担保できます。
まとめ:「◯」の先にある本当の安全
消防設備の点検報告書に並ぶ「◯(不備なし)」
その印が、本当に安全を意味しているとは限りません。
【点検報告の実態】
- 点検報告率は全国平均で約5割
- 報告されていても、不適切な点検が行われているケースがある
- 無資格者による点検、一部未点検、虚偽報告などの事例が消防庁から報告されている
消防設備は、火災発生時に人命を守る最後の砦です。その消防設備が、形だけの点検によって機能しない状態になっていたら…考えるだけで恐ろしいことです。
【今日から始められること】
- 点検業者を価格だけで選ばない
- 実際の点検作業を確認する
- 点検報告書の内容を精査する
- 不備事項を隠さず、適切に改善する
- 定期的に点検の質を見直す
点検報告書の「◯」を信じるのではなく、その「◯」の先にある本当の安全
消防設備が実際に機能する状態を追求することが、企業の責任です。
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