避難訓練が”年中行事”になっていませんか?緊急時に本当に役立つ訓練の5つの条件

「今年も避難訓練の時期ですね。去年と同じように実施しますか?」

「ええ、いつも通り朝礼後に放送で知らせて、非常階段から降りてもらって……10分くらいで終わるやつね」

経営者や防火管理者の皆様、こんな会話に心当たりはありませんか?

避難訓練が「義務だからやる年中行事」になってしまっていませんか?

消防法では、特定用途防火対象物(飲食店、ホテル、病院など不特定多数が利用する施設)では年2回以上、非特定用途防火対象物(事務所、工場など)では年1回以上の避難訓練が義務付けられています。

しかし、義務として実施する訓練と、緊急時に本当に役立つ訓練は、まったく別物です。

訓練を何十回もやっているのに、いざ火災が起きたら誰も動けなかった形だけの訓練は、むしろ「訓練をやったから安心」という油断を生むだけなんです。

目次

なぜ、避難訓練は「年中行事」になるのか?

東京消防庁の報告書でも、防火防災訓練の推進方法が課題として指摘されています。
なぜ多くの企業で、訓練が形骸化してしまうのでしょうか。

理由1:「義務だから」実施している

多くの企業では:

  • 消防計画で「年○回実施」と定めているから実施する
  • 消防署の立入検査で指摘されないように実施する
  • 「実施した記録」を残すことが目的になっている

つまり、「従業員の命を守るため」ではなく、「法令遵守のため」に訓練をしているのです。

理由2:毎年同じ内容を繰り返している

典型的な「年中行事化した訓練」の特徴:

  • 実施日時を事前に告知(「来週の火曜日10時から訓練です」)
  • 同じ時間帯、同じ場所、同じシナリオ
  • 「訓練なので慌てず、ゆっくり階段を降りてください」というアナウンス
  • 集合場所で点呼して、「お疲れ様でした」で終了

これでは、災害時の緊張感やパニック状態をまったく再現できていません

理由3:参加者が「どうせ訓練」と思っている

事前に告知された訓練では:

  • 従業員は「今日は訓練の日」と心構えができている
  • 「火災報知器が鳴ったら避難する」ことが分かっている
  • 緊急時の判断力や対応力が鍛えられない

実際の災害では、誰も「今日は火災が起きる日」とは知りません

訓練慣れした従業員ほど、実際の火災報知器を「また誤報だろう」と無視する傾向があります。消防職員でも油断してしまうこともあるので、常に戒めるように伝えていました。
訓練で「ゆっくり避難」と教えられているので、本当の緊急時にも急がないなんてことも…

「形だけの訓練」が招く3つのリスク

形骸化した訓練は、単に「意味がない」だけではありません。
実は、危険なリスクを生んでいるのです。

リスク1:「訓練をやっているから安心」という油断

「年2回訓練をしているから、うちは大丈夫」
この思い込みが最も危険です。

実際には:

  • 訓練では非常階段を使ったが、実際の火災では煙で使えなかった
  • 訓練では全員が避難できたが、実際は来客や業者がいて混乱した
  • 訓練では防火扉を開けたが、実際は普段から物が置かれて開かなかった

形だけの訓練は、誤った安心感を与えるだけなのです。

リスク2:実際の緊急時に動けない

毎年同じシナリオの訓練では:

  • 「いつもと違う状況」に対応できない
  • 自分で判断して行動する力が育たない
  • マニュアル通りにしか動けない

総務省消防庁の報告書でも、「実践的な防災訓練の実施が不可欠」と指摘されています。

リスク3:訓練への参加意識が低下する

「どうせ今年も同じ内容」と分かっている訓練では:

  • 参加者の真剣さが失われる
  • 新しい気づきや学びがない
  • 訓練が「面倒な義務」になる

これでは、訓練の効果は期待できません。

「形だけの訓練」では避難がうまくできなかった

年2回訓練をしていた事業所での火災

その事業所は、法令を遵守し、年2回きちんと避難訓練を実施していました。訓練の記録も保管されており、形式的には「模範的な事業所」でした。

しかし、実際に火災が発生したとき:

❌ 火災報知器が鳴っても、多くの従業員が避難しなかった
→ 訓練では「○時から訓練」と告知されていたため、予告なしの火災報知器に「誤報かもしれない」と判断してしまった

❌ 避難経路を間違える従業員が続出
→ 訓練では「いつも使う非常階段」しか使わなかったため、煙で使えなくなったとき別の経路が分からなかった

❌ 来客者への避難誘導ができなかった
→ 訓練は「従業員だけ」で実施していたため、来客者をどう誘導するか想定していなかった

幸い、消防隊の迅速な活動で大きな被害には至りませんでしたが、後日この事業所の担当者は私にこう言われました。

「訓練は毎年やっていたんです。でも、本当の火災では何の役にも立たなかった……」

この事例は、一つの火災での事例ではなく、多くの消防職員なら体験したことのあることです。
訓練をやっていることと緊急時に対応できることは別物です。

緊急時に本当に役立つ訓練の5つの条件

では、どうすれば「年中行事」から脱却し、本当に命を守る訓練ができるのでしょうか。

火災活動の経験から、実効性のある訓練の5つの条件をお伝えします。

【条件1】「予告なし訓練」を取り入れる

なぜ必要か:
実際の災害は予告なく起こります。「訓練だと分かっている状態」では、緊急時の判断力は鍛えられません。

具体的な方法:

ステップ1:通常の訓練で基礎を固める

まずは予告ありの訓練で、避難経路や手順を全員に理解させます。

ステップ2:「今月のどこかで訓練」と予告

「来週のいつかに予告なし訓練を実施します」と事前に伝えておきます。完全な抜き打ちよりも現実的です。

ステップ3:通常業務中に火災報知器を鳴らす

会議中、昼休み、接客中など、様々なタイミングで実施します。

ステップ4:従業員の反応を観察・記録

  • 報知器が鳴ってから行動開始まで何秒かかったか
  • 誰が率先して動いたか
  • どこで迷ったり間違えたりしたか

ステップ5:訓練後に必ず振り返り

良かった点、改善点を全員で共有します。

予告なし訓練では、必ず想定外のことが起きます。
それを発見することが、訓練の最大の目的です。完璧にできなくて当然。そこから学ぶことが大切なんです。

注意点:

  • 完全な抜き打ちは混乱を招く可能性があるため、「今月中に実施」程度の予告は推奨
  • 来客中や機械操作中など、危険が伴うタイミングは避ける
  • 実施前に主要スタッフには根回ししておく

【条件2】様々なシナリオで実施する

なぜ必要か:
毎年同じシナリオでは、「その状況にしか対応できない」従業員を育ててしまいます。

バリエーション例:

時間帯を変える

  • 朝の始業直後
  • 昼休み中
  • 終業間際の繁忙時
  • 夜間勤務時(シフト制の場合)

火元を変える

  • 厨房からの出火
  • 事務所からの出火
  • 倉庫からの出火
  • 電気設備からの出火

避難経路を変える

  • 「通常の非常階段が使えない」という想定
  • 「煙で視界が悪い」という想定
  • 「停電でエレベーターが使えない」想定

特殊な状況を加える

  • 来客者がいる想定
  • 車椅子利用者がいる想定
  • 業者が作業中の想定
  • 雨天・積雪時の想定

記録のポイント:
毎回、訓練内容と所要時間、課題をノートに記録します。

【訓練記録例】
日時:2025年4月15日 14:30
想定:2階事務所から出火、通常の階段が使えない
参加者:25名(来客者役2名含む)
結果:避難完了まで6分20秒
課題:
- 別ルートの誘導が不明確だった
- 来客者への声かけが遅れた
- 集合場所で人数確認に時間がかかった
改善策:
- 各フロアに複数の避難ルート図を掲示
- 受付担当者に来客者誘導の役割を明確化
- 部署ごとの人数確認担当者を決定

【条件3】「消火・通報・避難」を分けて訓練する

なぜ必要か:
一度にすべてを訓練しようとすると、中途半端になります。

消防法では、「消火訓練」「通報訓練」「避難訓練」の3つが求められていますが、それぞれを深く訓練することが重要です。

消火訓練の実施ポイント

  • 消火器の場所を全員が知っている
  • 実際に消火器を手に取って操作する
  • 「消火を中止して避難する判断基準」を明確にする

具体例:

【消火訓練の判断基準】
・天井に火が届いたら → 即座に消火中止、避難
・消火開始から2分経っても消えない → 消火中止、避難
・煙が充満してきた → 消火中止、避難

通報訓練の実施ポイント

  • 119番通報の練習(実際に電話機を使ってシミュレーション)
  • 住所、火元、逃げ遅れの有無を正確に伝える
  • 「通報係」だけでなく、全員ができるようにする

効果的な方法:
電話機の近くに、そのまま読めば良い「通報用セリフ」を掲示:

【119番通報用セリフ】
「火事です。住所は○○市○○町1-2-3、
○○ビルの○階です。
○○という会社で火災が発生しています。
逃げ遅れは(いる・いない)。
私の名前は○○、電話番号は○○です」

避難訓練の実施ポイント

  • 「避難経路の確認」だけでなく、「集合場所での点呼」まで実施
  • 車椅子利用者や来客者がいる想定も加える
  • 「最後の人」が誰かを明確にする(残留者確認)

【条件4】訓練後の「振り返り」を必ず実施する

なぜ必要か:
訓練は「実施すること」が目的ではなく、「課題を見つけて改善すること」が目的です。

総務省消防庁も、「実践的かつ効果的な訓練」の重要性を指摘しています。

効果的な振り返りの方法:

ステップ1:その場で即座に振り返る(5分)

避難完了後、集合場所で全員に質問:

  • 「避難開始までに何秒かかりましたか?」
  • 「迷った場所はありましたか?」
  • 「どこが難しかったですか?」

ステップ2:後日、詳細な検証会議(30分)

防火管理者と各部署のリーダーで:

  • 訓練の所要時間の分析
  • 想定外の事態への対応
  • 設備や表示の改善点

ステップ3:改善策を消防計画に反映

見つかった課題を、次の訓練に活かします。

良い振り返りの例:

【振り返りで出た意見】
・「煙想定訓練では、思ったより前が見えなくて焦った」
  → 改善策:壁に触れながら避難する方法を次回訓練

・「来客者役の人にどう声をかければいいか分からなかった」
  → 改善策:受付担当者に来客者誘導マニュアルを作成

・「集合場所が狭くて人数確認しづらかった」
  → 改善策:集合場所を変更、部署ごとに整列位置を決定

訓練で「できなかったこと」が、大切です。
本番で初めて分かるよりも、訓練で気づけたことに価値があります。
失敗を大切にする風土も大切な要素です。

【条件5】「参加する全員」が当事者意識を持つ

なぜ必要か:
「防火管理者や一部の担当者だけが真剣で、他の従業員は付き合っているだけ」では、効果は半減します。

当事者意識を高める工夫:

工夫1:役割を持たせる

  • 「今回は○○さんが通報係」
  • 「△△さんは来客者誘導係」
  • 毎回違う人に役割を割り振る

工夫2:新入社員に「最初の訓練」を丁寧に

入社時のオリエンテーションで:

  • 避難経路を実際に歩いて確認
  • 消火器の場所と使い方を実演
  • 「あなたの命を守る訓練です」と意義を伝える

工夫3:訓練の「意味」を伝える

訓練開始前に、防火管理者から一言:

「今日の訓練は、皆さんの命を守るためのものです。
もし本当の火災が起きたとき、今日の訓練が
あなたの避難行動を決めます。
どうか真剣に参加してください」

工夫4:訓練の成果を「見える化」

  • 避難完了時間をグラフで掲示
  • 前回からの改善点を共有
  • 良かった行動を表彰

マンネリ化を防ぐアイデア:

  • ゲーム要素を取り入れる(タイム計測、チーム対抗など)
  • VR避難体験を導入する
  • 消防署の協力を得て本格的な訓練を実施

VRを導入している消防本部は増えています。
最寄りの消防署に問い合わせてみるのもいいでしょう。

あなたの会社の訓練は大丈夫?5つのチェックポイント

以下の質問に、いくつ「はい」と答えられますか?

1. 予告なし訓練を実施していますか?

毎回「○月○日○時から訓練」と告知していませんか?

2. 毎年違うシナリオで実施していますか?

「いつも同じ時間、同じ場所、同じ内容」になっていませんか?

3. 訓練後に振り返りをしていますか?

「避難して、点呼して、解散」で終わっていませんか?

4. 全員が役割を持って参加していますか?

「一部の担当者だけが動いて、他の人は見ているだけ」になっていませんか?

5. 訓練の記録を残していますか?

所要時間、参加者、課題、改善策を記録していますか?

5つ全てに「はい」と答えられなかった方へ:

それは、訓練が「年中行事」になっている証拠です。今すぐ、訓練の「質」を見直す必要があります。

訓練を変えたことで起きた変化

見直し前の状況

  • 毎年4月と10月の第1月曜日10時から訓練(完全にパターン化)
  • 同じシナリオ、同じ避難経路
  • 「ゆっくり階段を降りて、外に出てください」というアナウンス
  • 訓練後の振り返りなし
  • 従業員の多くが「面倒な年中行事」と認識

見直し後の変化

実施したこと:

  1. 「今月中のどこかで予告なし訓練」と告知
  2. 午後の業務時間中に実施
  3. 「通常の階段が使えない」という想定を追加
  4. 訓練直後に全員で振り返り
  5. 見つかった課題を次回に反映

その結果:

  • 避難開始までの反応時間が大幅に短縮
  • 従業員から「本当に役立つ訓練になった」という声
  • 避難経路の表示が分かりにくい場所が判明し、改善
  • 訓練への参加意識が明らかに向上

特に印象的だったのは、ある従業員の方の言葉です。

「今までの訓練は『やらされている』感じでしたが、今回は『自分の命を守る訓練』だと実感できました」

なぜ専門家の支援が必要なのか?

「訓練の改善、自分たちでできないだろうか?」

そう思われる経営者様もいらっしゃるでしょう。

本当の災害を知らずに改善は改善になっていない可能性が高いです。

専門家だから分かること

  • どのシナリオが実際の火災に近いか(現場経験に基づく設定)
  • 訓練で何を見るべきか(観察のポイント)
  • どう改善すれば効果が上がるか(PDCAの回し方)
  • 従業員のモチベーションを高める方法(教育的視点)

訓練を「実施する」ことと、「効果的に設計する」ことは、別の技術なのです。

最後に:「やっている」ことと「できる」ことは違う

42年間の消防人生で、私は痛感してきました。

「訓練をやっている」ことと、「緊急時に対応できる」ことは、まったく別物だということを。

避難訓練は、法律で義務付けられているから実施するのではありません。

あなたの大切な従業員の命を守るために実施するのです。

「年中行事」の訓練は、今日で終わりにしませんか?

本当に命を守れる訓練に変えていきましょう。

元消防局長として、そして行政書士として、御社の「本当の安全」を実現するお手伝いをいたします。

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